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“シノガク”インタビュー Vol.1 部活動推薦入学者

2015年10月14日

 

“シノガク”インタビュー Vol.1 部活動推薦入学者

 
シノガクの学生、細渕さんと入学相談室の上岡先生によるインタビュー。
幼少の頃からサッカーに打ち込んできた細渕さん。
部活動推薦入試制度を利用しての入学をした経緯や今の”本音”を尋ねてみます。

学科・学年
こども保育学科 昼間部 1年

名前
細渕 利誓(ほそぶち としちか)

部活動
サッカー部

出身高校
埼玉県立ふじみ野高等学校

 

サッカーを始めたきっかけ

―― サッカーはいつごろから始めましたか。
本格的に始めたのは小学1年生からです。
最初は遊びという感覚で幼稚園の年長のころから保育の時間の後に、サッカーを教えてくれるコーチみたいな人が来ていたので一緒にサッカーをやっていました。
 
―― 小さい頃の夢はなんでしたか。
幼稚園の時はそんなにサッカーをやるとは思っていなくて、最後に卒業ビデオを撮った時には鬼ごっこの鬼をやりたいというのが将来の夢と言っていました。
変わったことがやりたい、目立ちたいっていうのが昔からあったようです。
 
―― キーパーを始めたきっかけを教えてください。
小学校1年生のときはずっと左サイドバックをやっていました。小学校4年生の時にチームのキーパーがフィールドプレーヤーをやりたいって言い出したんです。最初はキーパーをやりたくはなかったんですけど、小学校5年生から、みんなとユニフォームも違って手も使えて楽しそうだなって思うようになって、周りと違うこともやりたいという想いも重なってキーパーにチャレンジしました。特別な感じが楽しくそこからずっとキーパーをやっていました。
 
 

サッカーの思い出

―― 小中高とサッカーをやっていて一番の思い出はなんですか。
高校最後の引退が決まった大会が自分の中で一番心に残っています。
中学校はユースに入っていたので引退は3月だし、負けても練習試合があったりして感慨深いというような感覚がありませんでした。高校で始めて部活に入って上下関係もあって厳しかったんです。そして最後に自分の代になって怪我をして試合には出られなかったんですけど、PKキーパーとして最後出場の機会が与えられそうでした…。
その試合は前半1-0で勝っていて、最後の最後の後半のロスタイムで1点決められて、引き分けの延長戦になりました。
そのままPKじゃないかと思って…。PKキーパーとして出場を控えていたんですけど、延長後半ぎりぎりで決められてしまいました。そして、 結局試合に出られなかったのが1番悔しいし、でもそれが1番良い思い出でした。
 
―― PKのキーパーとしてチームの中では一目置かれていたの?
自分は身長もあるから飛んだりするのが人一倍幅がありますし、そういう面では他のキーパーより向いていたのはあると思います。そこから、PKキーパーとしての評価が上がりました。

“シノガク”インタビュー Vol.1 部活動推薦入学者

 
―― ふじみ野高校はどれくらいの部員数はどれくらいいたんですか。
1年生のときは今までサッカー部としての成績を出せていなかったので、全学年を合わせても50名いるかいないかだったんですけれど、その1年で埼玉県大会でベスト16までいきました。その翌年の新入生が30名ぐらい入ってきて全体で60名を超えて「これは多いぞ。」って感じました。そして2年生の時はベスト8まで行ってテレビ中継もされたんです。それでまた30名くらい新入生が入ってきて、自分が3年生の時は全体で80名ぐらいになっていました。卒業した今でも顔を出すんですけど、部員数は100名を超えていて、背番号も被ってしまったり、グラウンドも狭い中活動していました。それをみると自分たちの代の時の練習スペースは恵まれていたなと思いますね。
 
 

サッカーから得たもの

週はどのくらい練習していたの?
毎日練習していました。夏休み期間も練習があり、3日間ぐらいしか休みがありませんでした。あとは合宿明けに休みがあるぐらいでした。
 
―― 練習で”これはきつかったな”って思ったのはどんなところ?
練習は走るのが基本というのが監督方針でした。走るというのはキーパーも例外ではありませんでした。走れないんだったら試合出さないからそのつもりでやれっていう監督だったんです。しかし、フィールドプレーヤーに比べ、運動量が少なかったので、ランニングはみんなに置いて行かれることが多くありました。その時、3年生だった先輩が引っ張ってくれていたから、練習でも走り続けることができたんだなと思いますね。
冬になるとキーパーは動かないから寒いのも大変だったし、ユニフォームの下にインナーを着たり、ピステを着たりするので荷物が増えたりというのもキーパーならではの大変さを味わいました。
 
―― ふじみ野高校のサッカー部のスローガンを教えてもらえますか。
「There’s no “I” in TEAM」というので「チームスポーツのできない身勝手な人はいらない」というような意味でした。登録は22名しか出来なくて出られない人も多くいました。そういう状況でもチーム一丸となってトレーニングに取り組み、感謝の気持ちを忘れずに上を目指す環境でした。その中ではキーパーは2名だったので選ばれるのは大変でしたね。
 
―― 細淵さんは1年生の時からベンチ入りしていたの?
1年生の時にベンチ入りしました。、1年生では2名しか選ばれていなかったんです。それで天狗になってしまった部分があって、”選ばれたからこれだけやれば良いや”って2年生の時に練習をサボってしまってメンバーから外されてしまいました。悔しくてそこからまた気持ちを切り替えて3年生の時にメンバーに選ばれたっていうのは大きいと思います。
 
―― 2年生の外されたタイミングで続けられたきっかけは?
監督から「お前は声もでかいし、根性を鍛え直すために応援団長をやれ」って言われて、応援団長に任命されました。そこで1年生の時に先輩が入れないのに応援してくれたんだっていう気持ちがわかって、“自分もここから這い上がって応援される立場になろう”とそこから頑張りました。走るトレーングでも後輩を引っ張ったり背中を押したり、自分にできることは全てチャレンジしました。
 
―― 応援団長になれたのは変わるチャンスだったんだね。
応援団長をやったときにベスト8に行って、駒場スタジアムに行って、自分もここでプレイしたいという想いが強くなりました。応援で大きい声を出しすぎて倒れたりもして、こういうことを先輩がしてくれたと思うと、そこで応援される感謝とか応援する大切さを学べたのはとても大事なことでした。後輩にはわからないことがあればなんでも教えるよって言い続けてきたから相談に来てくれる後輩もいたし、そういうことをイチからやっていれば監督もそういうところ見てくれているし、評価もされるんだなと実感しました。
 
―― 後輩育成とか先輩として大変だと思うことはありました?
一番大変だったのは部活のキーパーコーチが海外に仕事で行って一時期練習に参加できなくなってしまいました。その時に自分でメニューを考えて、後輩を引っ張っていく、声を出していくというのが大変でした。監督にも何回も怒られて走ったりもしました。その時は自分たちの代が2名しかいなくて相談しあったり、練習メニューの本を買ったりとか一生懸命取り組んだりしました。それがあって、今やっているサッカーのコーチに生きているんだなと感じています。

“シノガク”インタビュー Vol.1 部活動推薦入学者

 
―― サッカー生活を通して自分が成長したなと感じている部分はどんなところですか。
メンタルが一番強くなりました。あとサボりぐせもなくなりました。中学校の時はサッカーだけ行っていれば良いやと思っていました。でも高校の部活となると朝練やって午後練やってと続いていると、習慣になって「いかなきゃ」という思いもあったので朝も早く起きれるようになりました。ユースでは学年毎にカテゴリーが分かれてしまうので高校の部活は全学年一緒というので先輩や後輩という関係や挨拶だったり私生活に関することなど学ぶこともたくさんありました。
 

進路選びスタート

―― サッカー部の練習が毎日ある中、進路選びはどのようにはじめましたか。
最初はサッカーが忙しくてどこもオープンキャンパスには参加できませんでした。自分なりに考えてみて、こどもとずっと接してきていてこどもが好きっていうのが見えてきたんです。そしてインターネットで調べてシノガクが出てきました。オープンキャンパスには監督から休みを貰って行ける回だけ行こうと思っていました。
 
―― 保育を希望した中ではいくつか学校を見に行きましたか。
何校か見に行きました。シノガクはまず最初にホームページを見た時に部活動推薦のことが載っていて、部活動推薦なら自分も挑戦できるかもと思いました。そして監督に部活動推薦で行ってみたいと話すと「良いと思う」と言われたのでシノガクの受験を決めました。
オープンキャンパスに参加してから監督に「シノガクに部活動推薦で入りたいのですけど推薦書を書いてもらえないですか?」と相談し、推薦してもらいました。
 
合格が決まってから顧問の先生には報告に行きましたか。
部活を引退してから行きました。学校に行って先生に「受かりました!」と合格の報告をしたら「将来に向かって頑張れ、おめでとう。」と喜んでくれました。
 

今の学校生活とこれからの夢

―― 部活動推薦で入学して半年が経ちましたが、学校生活はいかがですか。
友達はすぐできました。少人数なんですぐ顔なじみになるし名前も覚えられました。いつも集まるメンバーも決まっていて帰りの方面が同じ埼玉の友達とは乗り換えも一緒だったりします。
 
―― 自転車通学から電車通学に変わりましたがいかがですか。
通学は1時間10分くらいなんですが、朝はつらいですね。満員電車つらいですね。監督に怒られないという甘えが出て「休んでもいいや」っていう時はたまにありました。今までサッカーという楽しいことをやっていたけど、コーチがいて怒られる刺激が今無いので緩んでしまったのかなと思いますね。そういうところを最近は感じていて自分を律しなければと思います。高校の時も赤点を取るとサッカーをできなくなるので必死になっていました。今は再試験になっても良いかなと楽な方に流れそうになっていますが、それでも勉強は欠かさずしてはいます。甘えの方向に流れる自分自身をこのタイミングで変えないといけないと思います。
 
―― これからさき、どんな保育者になりたいとか、達成したい目標はありますか。
自分はこどもに愛されて、保護者に慕われる保育者になりたいと思っています。それは信頼を得る言動を取ることが大切だと思うので、これからもそうなれるように成長したいです。
 
―― これから篠原学園を受験したり、オープンキャンパスに参加してみようかなと思っている人に対してメッセージをお願いします。
ホームページやDVDで、先生と学生の距離が近くアットホームと書かれていますが、最初は半信半疑でした。入学してみると本当で、先生と学生の距離が近く、すぐに仲間、友達ができるのはとても良いです。専門的な知識と国家資格を取得するために専門学校を選べて良かったです。皆さんもオープンキャンパスに来てください。

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いつも仲良く助けあっているお友達と。これからも夢に向かってみんなで頑張っていきましょう!

 
篠原学園は意欲的に部活動へ取り組む高校生を応援しております! 高等学校在籍中に学業と部活動を意欲的かつ継続的に取り組んだ生徒のために「部活動推薦入試制度」を設けています。
部活動で培ってきた精神力や体力を礎に保育分野、医療分野の専門知識を学んで、業界で活躍を期待した人物のための入試制度があります。
部活動推薦入試制度の詳細はこちらから。
 
※このインタビューは2015年10月に行ったものです。

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